キラキラと虚無感

 もうダメかもしれない。ずっと気持ちが沈んで何をしても楽しいと感じない。この間、インストアライブに行った時、みんなの顔を見るとワクワクしていて目がキラキラ輝いていて、それに気が付いた瞬間に自分がとても惨めな存在に思えてしまった…。時間を埋め合わせるためだけに来ていて、何かから逃げるように来ていて。もしかしたら、楽しみたいという純粋な気持ちは0かもしれない。ここんところ、と言ってもかなり長い間だけど、すごく寂しくて欠乏感に襲われている。ずっとそのことばかりで頭がいっぱいで全く何も手につかない。
  Twitterとかで、俺って友達いないんだよねというと、嘘でしょーとか、私もいないよって言ってくるけど、彼彼女は友達と遊んだ話をよく書いていて、ご飯も食べている。きっと普通に暮らしている人にとって友達がいる生活は当たり前で、いないというのは想像もつかないんだと思う。決して彼彼女が嘘を言っているとかではなくて、おそらくそういう存在がいたとしても、そういう気持ちを持ってしまうし、持つことは普通のことだと思う。だって、友達が多いとわざわざ口に出している人は人生楽しいのかもしれないけど、憧れもしないし、しょうもないから。ただ、ちょっとわかってほしい気持ちもある。ご飯を食べたり、買い物に行ったり、LINEをしたりする人がいない人がここにいるんだってことを。優しい人は、私が友達だよって言ってくれる。でも、その言葉が一番堪える。所詮ネットだよなって。ネットの中だけで仲が良くてもダメな何かがきっとある。チャゲ&飛鳥は”今から一緒に これから一緒に殴りに行こうか”と言っているが、そう言うことなのかもしれない。
  猿が毛づくろいをするように、妻に先立たれた夫が枯れていくように、人間は群れで生きる生き物だから、やっぱり苦しい。
  この前、ツチヤタカユキの本を読んだ。彼はお笑いに全てを捧げて生きてきたハガキ職人であり、オードリーの作家でもある。オードリーのオールナイトは最近聴き始めたので、ツチヤタカユキが狂うようにメールを送っていた時期を僕は知らないのだけれど、どこかからか名前は聞いたことがあった。起きてから寝るまでネタを考えることのみに時間を費やした狂人。しかし、どんなに面白いことを考えても、作家としてやっていくには時には媚を売ったりしなければいけなく、ネタが面白ければいいという世界ではない。社会であるがゆえにそれ相応の振る舞いが必要。しかし、彼は”人間関係不得意”。そんな、お笑いのみに捧げて生きてきた27歳無職童貞の彼に初めて好きな人ができ恋人となる。告白して「私も好き!」と抱きつかれた瞬間は、彼は殺されても良かったくらいに幸せだったと書いている。僕は現在23歳。お笑いに狂った彼と違って何の取り柄もない。かっこいい生き様を見せつけられて僕は嫌いなベッドに寝転がり何日も動けずにいる。
  ベッドに寝転がり死んだように生きていても、生きていると実感できる時間がある。それは深夜から朝方までに配信を通じてやり取りをすることだ。音楽の話をしたり、些細なことをダラダラと話しているわけだけど、冗談抜きにこの時間は、今の自分にとってかけがえのないものとなっている。所詮ネットと書いたけれど、人の温かさを感じることができる場所なのだ。ただ所詮はネットも事実なわけでこの関係がずっと続くわけなどないし、あちらにはあちらの暮らしがあるから、いつかぷつっと切れるかもしれない。人それぞれに現実の世界があるわけで、やっぱり難しい。こっちが思っていても、あちらは違うなんてことはあるし、実際そんな話をしたばかり。ついつい、投稿などだけを見てその人をこう言う人だと決めつけてしまう部分があるけれど、実際人というものはそんな単純なものではなくて複雑なものだと思う。ただ、その枠組みがあるおかげでうまくいくこともあると思うのでちょいと難しい。
 ほんと無気力脱力が続いているので久しぶりのブログ、今年初でした。